NIGO®と半泥子——集めること、つくること、受け継ぐこと

石水博物館「NIGO®と半泥子」展に展示された作陶風景の写真パネル アートとセラミック
石水博物館の特別展「NIGO®と半泥子」で展示された作陶風景

犬山から石水博物館、そして伊勢神宮へ

前日に犬山の茶会に参加し、国宝茶室「如庵」に入りました。翌朝には犬山城を見学し、そのあしで向かったのが、三重県津市の石水博物館。

そこで開催されていたのが「NIGO®と半泥子」。

そもそもこの展覧会を意識するようになったきっかけの一つが、茶道の先生からいただいた淡交社『なごみ』2025年10月号だった。

表紙には「NIGO®のちゃわん ぼくもろくろのまわるまま」。

A BATHING APE®を立ち上げ、現在はHUMAN MADEを手がけ、KENZOのアーティスティック・ディレクターも務めるNIGO®氏。ファッションの世界ではよく知られた人物だが、この10年ほど、本格的に茶道と作陶に取り組んでいます。

『なごみ』では、NIGO®氏が制作した25碗と、彼自身が蒐集してきた川喜田半泥子の作品55点が紹介されていました。

そして、その実物が一堂に並んだのが、三重県津市にある石水博物館の特別展「NIGO®と半泥子」。

半泥子の本拠地、石水博物館へ

石水博物館は、陶芸家・川喜田半泥子が1930年に設立した「石水会館」を母体とする博物館です。現在の建物は、半泥子ゆかりの千歳山に建ち、川喜田家伝来の茶道具、日本画、洋画、古書、浮世絵、歴史資料、そして半泥子自身の作品を収蔵しています。

川喜田半泥子は1878年生まれ。

実業家として百五銀行の頭取などを務める一方、陶芸、書、俳句、写真など幅広い創作に取り組んだ人物。

陶芸だけを生業とした人ではなく、その作品には独特の自由さがあります。津市も半泥子について、「型にとらわれない、自由でおおらかな作風」と紹介しています。

展示されたNIGO®氏の茶碗も、最初からこの自由な作風だったわけではないそうです。作陶を始めた頃は、高台まで綺麗に仕上げるような、基本に忠実な茶碗を作っていたという。

ところが半泥子の作品を見ると、轆轤そのものは非常に上手いにもかかわらず、高台を一気に削ったような大胆な作品もあります。型を知っている人間が、型から離れていく自由が見て取れます。

NIGO®氏も後年、半泥子について「型を知った上での、その自由な創作」に惹かれたと語っています。

服は複製できる。茶碗は同じものにならない

NIGO®氏の話で、特に印象的だったことがあります。

服なら、一つサンプルを作れば同じものを量産できる。しかし陶芸はそうならない。土、釉薬、炎、窯の状態。同じように作ったつもりでも、焼き上がりは変わる。

NIGO®氏自身も、陶芸について、方法を学んだからといって必ず良いものができるわけではなく、最後は自然に託す部分があることを面白さとして語っています。

これは多くのファッションデザイナーとは、大きな違いだと思います。デザインは通常、「どう完成させるか」をコントロールしていく仕事。しかし、陶芸では、そのコントロールを途中で手放さなければなりません。人間が作ったものに、火や灰や介入してきます。

展示されていた茶碗を近くで見ると、釉薬の流れ、土の荒れ、歪み、亀裂、焼成による色の変化が、それぞれ違う表情があります。

「集める人」と「作る人」は、本当に別なのか

今回もっとも興味を惹かれたのは、NIGO®氏が半泥子を「好きな作家」として眺めているだけではなく、実際に作品を集め続けていることでした。

集めたものを見ながら、自分でも作るということは、NIGO®氏のクリエイションを考えると、これは陶芸に限った話ではないと思います。

ヴィンテージウェア、玩具、家具、音楽、アート。

さまざまな文化を集め、それらをそのまま保存するだけではなく、自分のデザインの中で別の形へ変換しています。

近年のインタビューでも、NIGO®氏の制作と「コレクションすること」が深く結びついていることが指摘されています。

そこで、今回の展覧会を見ながら、収集とは、ものを所有することだけではなく、自分の中に「見るための基準」を蓄積していく行為なのかもしれないと考えました。

半泥子と裏原宿

半泥子とNIGO®氏には、意外な共通点もあります。

半泥子は荒川豊蔵、金重陶陽、三輪休和ら陶芸家たちと「からひね会」を結成しました。後に近現代陶芸を代表する存在となる作り手たちが、互いに近い距離で交流していた集まりです。

NIGO®氏は、この関係を見てどこか「裏原っぽい」と感じたと語っています。

この言葉は、裏原宿を通ってきた自分にはとても分かりやすく感じます。1990年代末から2000年代初頭の原宿では、服だけが独立して存在していたわけではありません。

ファッション、ヒップホップ、スニーカー、グラフィック、雑誌、玩具、ショップ。

それぞれが非常に近い距離で混ざり合い、一つのカルチャーを形成していました。自分の手元にも、その時代のものが今も残っています。

A BATHING APE®のカモフラージュジャケット。FATのヴァーシティジャケットそして、realmad HECTICで購入したDJ MISSIEの『HIP HOP』シリーズ。

今振り返ると面白いのは、服を買いに行った場所で、同時に音楽にも出会っていたことです。

当時はそれを「カルチャーを横断している」などと意識していたわけではありません。ただ格好いいと思う服を見て、音楽を聴き、雑誌を読み、店に足を運んでいました。

しかし20年以上経った今、それらを並べてみると、裏原宿という場所が単なるファッションの流行ではなく、異なる文化を編集しながら新しい価値を生み出す場だったことが見えてきます。

半泥子の周囲に陶芸家たちが集まり、互いに刺激を与え合った「からひね会」。

そして約半世紀後、原宿の狭いエリアに若いデザイナー、音楽家、ショップ、グラフィックが集まって生まれた裏原宿。

時代もジャンルも違います。それでも、人と物が近い距離で交わることで新しい文化が生まれるという点では、NIGO®氏が両者を重ねた理由が少し分かる気がしました。

伊勢神宮へ

石水博物館を出たあと、せっかく三重まで来たので伊勢神宮にも立ち寄りました。

伊勢神宮では、式年遷宮によって20年に一度、社殿や神宝を新しくしながら祭祀が受け継がれています。古いものをそのまま固定して残すのではなく、作り直すことで、技術も思想も次の世代へ渡しています。

半泥子の茶碗をそのまま模倣するのではなく、集め、見て、学び、自分の茶碗を作るNIGO®氏とリンクした気がしました。

茶道の先生から一冊の『なごみ』をいただいたことから始まった今回の旅は、茶碗を見る旅から、ものを受け継ぐことについて考える旅になりました。

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