なぜプリンストン大学は「虎」なのか

オレンジと黒の虎柄を絵付けしたプリンストンタイガーのセラミック作品 アートとセラミック
オレンジと黒のストライプを描き、ぬいぐるみの表情を陶器へ移す。

アイビーリーグのマスコットを、ぬいぐるみから陶器へ

一匹の、少し奇妙な虎。オレンジと黒の身体。大きな鋭い目。赤い舌を出した顔。背中から長く伸びる尻尾。身体には「PRINCETON」の文字。

これは、アイビーリーグの一校であるプリンストン大学の虎をモチーフにしたフェルトのぬいぐるみ。今回、このぬいぐるみを土から作り直してみました。

そもそも、なぜプリンストン大学の象徴は虎なのだろうか。そして、なぜアメリカの大学にはこれほど多くの「マスコットドール」が存在するのだろうか。

「アイビーリーグ」は、もともと大学ランキングではない

日本でも「アイビーリーグ」という言葉は、アメリカの名門大学を意味する言葉として知られている。現在アイビーリーグを構成しているのは、

ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学の8校。

興味深いのは、「アイビーリーグ」がもともと大学ランキングの名称ではないこと。その成立には、大学スポーツが深く関係しているらしい。

1930年代には東部の伝統校をまとめて「アイビーカレッジ」「アイビーリーグ」と呼ぶ表現が新聞に登場し、1945年には8大学によるフットボールの「Ivy Group Agreement」が成立。そして1954年、8大学の学長がこの協定をすべての大学対抗競技へ拡大させる。

現在のアイビーリーグは、ここから正式なアスレチック・カンファレンスとして成立していく。つまり、「アイビーリーグ」という言葉の歴史そのものが、大学スポーツの歴史と切り離せないようだ。

大学には、なぜ動物がいるのか

アメリカの大学スポーツを見ていると、動物や人物が頻繁に登場します。

イェール大学にはブルドッグの「ハンサム・ダン」。ブラウン大学には熊の「ブルーノ」。コロンビア大学にはライオン。ペンシルベニア大学にはクエーカー教徒。コーネル大学には「ビッグ・レッド・ベア」と呼ばれる熊の伝統があります。

しかし、コーネル大学は「公式にはマスコットはいない」と説明しており、「ビッグ・レッド・ベア」は非公式の存在である。そしてダートマス大学も、現在は「ビッグ・グリーン」というチーム名を用いており、特定の動物を公式マスコットとして採用していないそう。

つまり大学のマスコットとは、「かわいいキャラクター」ではなく、大学の歴史、スポーツ、学生文化、土地、時には社会的価値観までが凝縮された存在と理解できます。

マスコットは「大学を擬人化する」

なぜ大学は、わざわざ動物や人物を必要とするのだろうか。

大学そのものは巨大な学びの場所。でもそこには、歴史があり、キャンパスがあり、学生がいて、卒業生がいて、スポーツチームがあります。そこに虎や熊、ブルドッグのような具体的なシンボルを与えると、大学の色、スポーツチーム、学生、卒業生、キャンパスの雰囲気、それらを一匹の動物へ集約することができるかもしれません。

自分の卒業校である早稲田にも「WASEDA BEAR」という熊の公式マスコットがいます。創設者・大隈重信の「隈」と結びついたキャラクターで、ここでも大学の歴史やアイデンティティが一匹の動物へ置き換えられています。

プリンストンの虎、イェールのブルドッグ、早稲田の熊。国や成立時期は違っても、大学という抽象的な共同体を「動物の身体」にする発想は共通しているようです。

マスコットは、ライバルを必要とする

手元には、もう二体、アメリカの学校文化を象徴する古いぬいぐるみがあります。

「ARMY」と刺繍されたラバと、「U.S. NAVY」と刺繍されたヤギ。これはそれぞれ、陸軍士官学校ウエスト・ポイントの「アーミー・ミュール」と、海軍兵学校の「ビル・ザ・ゴート」を表しています。

まず海軍兵学校で1893年にヤギがマスコットとして登場。それから6年後の1899年、アーミー・ネイビー・ゲームを前に、陸軍側も海軍に対抗するマスコットを必要とし、選ばれたのがラバ(=ミュール)でした。軍隊で長く物資や武器を運んできたラバは、力強さ、忍耐、実用性を象徴する動物でした。

こうして、Navy=Goat、Army=Muleという対立関係が生まれました。マスコットは、共同体のアイデンティティを一匹の動物へ凝縮したものと言えます。

手元には陸軍士官学校ウエスト・ポイントの1940年代のジャケットがあります。マスコットが組織に「顔」を与えるものだとすれば、制服やスクールジャケットは、その所属を自分の身体に直接まとわせるものです。

では、なぜプリンストンは虎なのか

プリンストン大学の虎は、1880年代に登場しています。当時、フットボール選手たちはオレンジと黒のストライプをユニフォームやストッキングに取り入れていました。その姿から、スポーツ記者たちが選手を「Tigers」と呼ぶようになったとプリンストン大学は説明しています。

1882年には学生によるユーモア雑誌『The Princeton Tiger』も創刊された。虎はやがて歌や応援、学生文化へ。そして1896年には、オレンジと黒が大学の正式なスクールカラーとなります。

現在キャンパスを歩けば、建築装飾や彫刻など、さまざまな場所で虎を見ることができ、ブロンズ製の虎まで置かれているそうです。

現在では当たり前に見える「プリンストン=虎」という組み合わせも、実際には100年以上をかけて形成された大学文化の一つです。

大学を「着る」——オレンジと黒のReunion Jacket

プリンストン大学の古いリユニオン・ジャケットを2着所有しています。鮮烈なオレンジの生地に黒いパイピング。胸には虎の色付きのフェルトワッペンが付き、その上には何十年分ものリユニオンのバッジが残付いています。

プリンストンでは、卒業生が母校へ戻る「リユニオン(=同窓会)」が大きな伝統になっており、ジャケットの伝統は20世紀初頭まで遡り、クラスごとに異なるデザインが作られてきています。ヴィンテージ市場もたくさん種類が出ていますね。

一着のジャケットに何十年分ものバッジが重なっていく姿を見ると、服が単なる記念品ではなく、個人と大学の関係を保存するアーカイブにもなり得ることが分かります。

なぜ、Princeton Tigerなのか

今回、Princeton Tigerを選んだ理由は、虎が好きだから?プリンストンが有名だから?でもありません。Princeton Tigerは「20世紀文化が一匹のぬいぐるみに圧縮された物」だから選びました。

一匹の虎が、文化の中で何度も姿を変えます。ある文化が、一匹の虎という記号を通して物質化されていく過程ともいえます。

この虎には、

Ivy League
→ アメリカの大学文化

Orange & Black / Tiger
→ スクールカラーとマスコット

College Sports
→ 共同体とライバル意識

Reunion Jacket
→ 卒業後も続く所属意識

TAKE IVY
→ 日本が憧れ、輸入し、再解釈したアメリカ東海岸文化

Mascot Plush
→ それら巨大な文化を家庭へ持ち帰れる商品へ変換したもの

まで入っています。つまり、ただの古いぬいぐるみではありません。大学という巨大で抽象的な制度・歴史・共同体が、最終的に手のひらサイズの商品へ圧縮されたものです。

制作では、本物の虎として見れば、おかしなプロポーション。でも、ぬいぐるみとして見れば、それが正しい姿。その人工的なデフォルメまで含めてセラミック化しました。

過去を収集し、読み解き、作り直し、未来へ渡す

手元のPrinceton Tigerについて調べていくと、非常によく似た造形の紺白のPenn State版も見つかりました。

大きな目、短い脚、長く曲がった尻尾、全身の縞模様。基本的な造形はよく似ているが、Princeton版には「PRINCETON」、Penn State版には「PENN STATE」の文字が入り、それぞれのスクールカラーへ置き換えられています。

Penn Stateのマスコットは現在ライオンですが、このライオン自体は1904年にPrinceton Tigerへの対抗意識から生まれています。

しかし、興味深いことにその紺白のぬいぐるみのデザインはPRINCETONと同型の物。

1904年:Princeton Tigerを見てPenn StateのNittany Lionが生まれる

20世紀:両校のマスコットが大学文化の商品になる

似た基本造形のぬいぐるみとして、それぞれのスクールカラーと大学名を与えられる

ここでは動物そのものよりも、「どの大学に属するか」を示す色と文字の方が重要だったからかもしれません。ヴィンテージ市場には多くのマスコットドールが存在し、同型で色を変えカレッジのイニシャルがついた個体がいくつもあります。

同じようなボディに、色と名前を与えることで、別の共同体の象徴になるマスコットドール。この古いぬいぐるみたちに惹かれた理由の一つは、そうした20世紀の大学文化と大量生産の仕組みが、小さな玩具の中に見えてくるから。リサーチしてもリサーチしても興味はつきません。

次回は紺白のタイガーやカンガルー、ブルドッグあたりを作りたいと思います。

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