YBAはなぜ90年代英国から生まれたのか?

京都市京セラ美術館「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」会場入口 アートとセラミック
京都市京セラ美術館「テート美術館―YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」 説明: 2026年に京都市京セラ美術館で開催された「YBA & BEYOND」の会場タイトル。1990年代英国美術をYBAとその周辺文化から読み解く展覧会。

「YBA & BEYOND」で読むアート、都市、音楽、ファッション

ダミアン・ハースト、トレイシー・エミン、サラ・ルーカス、ジュリアン・オピー。

1990年代の英国現代美術を振り返ると、現在では美術史に名前を残すアーティストが次々と現れます。彼らの一部は「Young British Artists」、通称YBAと呼ばれました。

では、なぜこれほど多くの新しい表現が、同じ時期の英国から生まれたのでしょうか。

東京・新国立美術館と京都・京セラ美術館で開催された「テート美術館―YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」は、YBAだけを単に紹介する展覧会ではありません。

テートのコレクションを中心に50名を超える作家、約90点を通して、1980年代末から2000年代初頭にかけて英国の美術と文化がどのように変化したのかを見せる展覧会です。

サッチャー政権後の社会。

産業構造が変わりつつあった都市。

ブリットポップとレイヴ。

『i-D』『The Face』『Dazed & Confused』。

ファッション、広告、クラブ、雑誌。

医学とHIV/エイズ。

家族やジェンダー。

そして、街に捨てられた物や身の回りの日用品。

YBAを理解するには、作品だけを見るよりも、まず「1990年代の英国」という環境を見る必要があります。

そして、その時代を別の角度から記録しているのが次の映画群です。

トレインスポッティング』。

ブラス!』。

フル・モンティ』。

秘密と嘘』。

そして少し時代をさかのぼり、マンチェスターの音楽文化から90年代へ向かう

24アワー・パーティー・ピープル』。

美術と映画を横に並べると、YBAが現れた英国社会の輪郭がかなり具体的に見えてきます。

フランシス・ベーコンからブリットポップへ

展覧会の序章のタイトルは「フランシス・ベーコンからブリットポップへ」。

入り口から強烈な存在感を放っていたのが、フランシス・ベーコンの《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》。制作されたのは1988年です。

奇しくも、ダミアン・ハーストが「Freeze」を企画したのも同じ1988年でした。

ベーコンが扱ってきたのは、人間の身体、不安、暴力、孤独、死といった主題です。

一方、その数年後に登場するYBAも、医学、身体、セクシュアリティ、死、日用品、都市生活といった非常に身近で生々しい問題を作品へ持ち込んでいきます。

両者の表現方法は大きく違いまが、この展覧会がベーコンから始まることで、「90年代英国美術は何もない場所から突然出現したのではない」ということが見えてきます。

一世代前の英国美術が抱えていた不安や身体感覚を受け継ぎながら、その表現方法や発表場所、素材が大きく変わっていった。

ベーコンからハーストへ。

そして美術から音楽、雑誌、ファッション、ブリットポップへ。

1988年、「美術館の外」から始まったYBA

YBAの出発点として語られるのが、1988年に開催されたグループ展「Freeze」です。企画したのは、当時ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジで学んでいたダミアン・ハースト。

会場になったのは、ロンドン東部の使われなくなった倉庫でした。

ここには、後のYBAを考えるうえで重要な姿勢がすでに表れています。

「展示する場所がないなら、自分たちで場所をつくる」。

誰かに発見されるのを待つのではなく、自分たちで企画し、場所を探し、作品を発表する。

YBAは新しい「作品」を生み出しただけではなく、作品をどう発表し、誰に見せるのか。どこを展示空間として使うのか。

そうした美術を取り巻く仕組みまで変えていったのです。

「英国らしさ」そのものが揺れていた

しかし、YBAを若いアーティストたちの成功物語としてだけ見ると、重要な部分が抜け落ちます。その背景には、大きく変化していた英国社会があります。

サッチャー政権下で進められた市場経済化や産業構造の転換による失業率の増加、地域格差の拡大、都市の急激な変化。そして移民を背景にした多文化社会の進展。

「英国人とは誰なのか」という問いそのものが変わっていました。

1989年、ロンドンのヘイワード・ギャラリーでは「The Other Story」が開催されます。

そこでは、アフリカ、カリブ海、南アジアなどにルーツを持ち、それまで英国美術史の周縁に置かれてきたアーティストたちに光が当てられました。

つまりYBA前後の英国美術で起きていたのは、新しいスター作家が登場したことだけではありません。

「英国美術とは何か」。

「英国人とは誰なのか」。

「誰の経験が美術として語られるのか」。

その前提そのものが変わろうとしていたのです。

衰退する都市は、同時に新しい創造の場所になった

1990年代初頭までに英国では、炭鉱、製鉄、造船など、かつて都市を支えた産業の存在感が低下していきます。経済不況の都市には、空き店舗、倉庫、工場跡、未完成の建物が残されました。普通に考えれば、それは都市衰退の風景です。

しかし若いアーティストにとっては、それまでとは違う可能性も生まれました。

既存の用途から外れ、安くて広い箱は、制作場所や展示会場として使える。「Freeze」が倉庫で開催されたことも、こうした都市状況から切り離すことはできません。

1990年代英国美術に見られるDIY精神は、後から見ると格好いい文化のように見えます。しかしその出発点には、「金も場所もないなら、あるものを使う」という非常に現実的な事情もありました。

『ブラス!』が描いた、消えていく炭鉱町

この社会のもう一方の風景を見せてくれるのが、1996年の映画『ブラス!』です。

舞台はイングランド北部ヨークシャーの炭鉱町。炭鉱閉鎖の危機に直面する町と、そこで長年活動してきたブラスバンドが描かれます。

仕事を失うということは、単に給与がなくなるだけではありません。職場を中心につくられていた人間関係や町の誇り、家族の生活、世代を超えて受け継がれてきた文化、それらまで失われていきます。

『ブラス!』は炭鉱閉鎖と失業、サッチャー政権後の産業政策を考える映画としてとても優秀な作品です。

YBAの側では、使われなくなった都市空間が「新しい展示場所」になります。

しかし同じ空間の変化は、そこで働いていた人々にとっては生活基盤の喪失でもあった。

この二つを同時に見ることが重要だと思います。

『フル・モンティ』に見る、失業と身体

翌1997年の映画『フル・モンティ』も、脱工業化した英国を象徴する一本です。

舞台は製鉄業で繁栄したシェフィールド。仕事を失った男たちは、生活費や養育費を稼ぐため、一夜限りの男性ストリップショーを企画します。失業という経済問題が、自尊心、家族、男性性、身体へと波及していく。

映画ではフットボールユニフォームにジャケットを合わせたり、当時の労働者階級の生活を視覚的に見ることができます。フットボールは労働者階級にとっての最大の娯楽です。

ここで「身体」というテーマが出てくるのも面白いポイントです。

後で見るように、YBA周辺の美術でも身体は極めて重要なテーマになります。経済政策や社会構造という巨大な問題は、最終的には一人ひとりの身体や生活に現れる。

美術と映画は違う方法で、そのことを記録しています。

美術、音楽、ファッションが同じ場所で動いていた

今回の展覧会で個人的に特に面白かったのが、第3章「あの瞬間を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション」です。

1990年代の英国では、美術だけが独立して変化していたわけではありません。

ブリットポップ。レイヴ。クラブ。広告。写真。ファッション。雑誌。

それらがかなり近い距離で動いていました。今回撮った写真の中でも、この時代を最も分かりやすく示しているのが、『The Face』『Dazed』『frieze』などがSHOPの壁一面に並べられていました。

ナオミ・キャンベル、ケイト・モス、Oasis、ダミアン・ハースト。

美術、音楽、モデル、ファッションが、同じメディア環境の中で扱われています。現在なら別々のジャンルとして整理しがちなものが、90年代英国では同じ「若者文化」の中でつながっていました。

『i-D』『The Face』『Dazed & Confused』といった雑誌が新しい若者像をつくり、ヴィヴィアン・ウエストウッド、アレキサンダー・マックイーン、ジョン・ガリアーノらがファッションの側から英国文化のイメージを書き換えていく。

自分自身ロンドンでファッションを学んだ経験があるので、この部分は特に面白く感じました。マックイーンだけをファッション史から見るのではなく、ハースト、エミン、ティルマンス、オピー、雑誌、クラブ、音楽まで横に並べてみる。

すると、それぞれが別々の世界で革命を起こしていたわけではないことが分かります。同じ街で、同じ雑誌を読み、同じ音楽を聴き、同じクラブへ行き、互いの仕事を見ていた。その環境自体が、90年代英国文化をつくっていたのかもしれません。

ジュリアン・オピーと「ポップスター」のイメージ

写真に収めたジュリアン・オピーの《ゲイリー、ポップスター》も、この時代を象徴する作品の一つです。制作は1998–99年。

人物の顔は極端に単純化され、輪郭、髪、眉、目、髭といった最小限の情報だけで構成されています。細部を消しているのに、逆に人物像が強く記憶に残ります。

「美術作品」と「ポップカルチャーのイメージ」の境界はかなり曖昧です。90年代英国美術を見るとき、この境界の曖昧さは非常に重要だと思います。

『トレインスポッティング』が映した90年代の若者

この「音楽、サブカルチャー、ファッション」の章と最も直接的につながる映画が、1996年公開の映画『トレインスポッティング』です。

舞台はスコットランド。主人公レントンと仲間たちは、ヘロイン、酒、サッカー、音楽の中で日々を過ごします。そこにあるのは、社会が期待する「努力して働き、家庭をつくり、豊かになる」という人生から外れた若者像です。

ケミカル・ジェネレーションやレイヴ文化が描かれていること、ドラッグとクラブミュージックが重要な背景になっていることが分かります。

映画冒頭の「Choose Life」に象徴されるのは、消費社会が提示する人生の選択肢と、そこから脱落した、あるいは意図的に拒否した若者たちです。

一方、YBAの作家たちも既存の美術制度の外へ出て、自分たちの場所をつくろうとした。もちろん、それを同一視することはできません。

しかし、既存の制度や価値観から距離を取り、自分たちの場所や共同体をつくるという感覚には、90年代英国文化に共通するものがあります。

『24アワー・パーティー・ピープル』から見える前史

さらにその少し前から見ると、映画『24アワー・パーティー・ピープル』も欠かせません。

映画が描くのは、1970年代後半から90年代初頭のマンチェスター。

Joy Division。New Order。Factory Records。そしてクラブ「ハシエンダ」。ポストパンクからMadchester、レイヴへ。重要なのは、自分たちでレーベル、クラブを作り、フライヤー作って人を集める点。

そのDIY的な精神は、ハーストたちが自分で展示場所をつくった「Freeze」と不思議なほど同じように見えます。

美術、音楽、ファッションを別々のジャンルとして考えるより、

「この時代の英国では、若者たちはどうやって自分たちの場所をつくったのか」

と考えた方が、90年代文化全体が理解しやすくなると思います。

身体は、個人的であると同時に政治的だった

第4章「現代医学」では、視点が都市やサブカルチャーから、人間の身体へ移ります。

特に1980年代から90年代に社会を覆ったHIV/エイズ危機。身体は単なる美術のモチーフではなく、「社会が人間をどう扱うのか」を考える場所になりました。

HIV/エイズをめぐっては、病そのものだけでなく、恐怖、偏見、差別によって生まれるスティグマも大きな問題でした。

アーティストたちは身体の不気味さや痛みだけでなく、クィアの人々の生活、喜び、ユーモア、怒り、抵抗まで作品へ持ち込みます。

ここで再び映画『トレインスポッティング』がつながります。映画の中では、ヘロインを注射する身体が繰り返し映され、仲間の一人はHIVに感染し、エイズによって命を落とします。

社会の問題は、最終的には人間の身体へ現れています。

YBA前後の美術と90年代英国映画は、その身体を避けずに見せました。

小さな人形が見せる暴力

今回の写真の中で、無数の小さなフィギュアが並ぶ作品も強烈でした。

個人的に大好きなアーティストであるディノス&ジェイク・チャップマンの《戦争の惨禍》。制作は1993年です。

一つひとつは模型のように小さい。しかし近づくと、拷問、殺害、死体、暴力といった場面が大量に展開されています。「小さいからかわいい」という感覚と、描かれている内容の残酷さが衝突しています。美術館で大きな歴史画を見るのとは全く違う方法で、人間が繰り返してきた暴力を見せる作品です。

90年代英国美術が扱った「身体」は、決して美しい身体だけではありません。身体を見れば、その社会が何を恐れ、何を抑圧し、何を欲望しているのかが見えてくる。

「家」もまた社会を映す場所になる

第5章では、「家という個人的空間」が扱われます。一見すると、家は政治や経済から最も遠い場所に思えます。

しかし実際には逆です。社会の価値観は、最も個人的な空間にまで入り込んでいます。

『秘密と嘘』が描いた家族、人種、住宅

この章と並べて見たい映画が、マイク・リー監督の映画『秘密と嘘』です。

1996年公開。舞台はロンドン郊外。

シングルマザーのシンシアと娘のロクサーヌ。シンシアの弟モーリスとその妻。そして、シンシアが16歳の時に産み、養子に出していた黒人女性ホーテンス。

一つの家族を中心に、人種、出産、家族、階級、住宅、経済格差といった問題が重なっていきます。一軒家を所有するモーリスと賃貸住宅に住むシンシアの違いを、英国社会の経済格差を見る要素として記録しています。

「家」は単なる背景ではありません。誰がどんな家に住めるかというだけで、その人物の階級や人生の選択肢が見えてきます。

YBA周辺の作家たちが家具、生活用品、寝室、家族写真などを作品へ持ち込んだことも、こうした社会背景と並べると違って見えます。

最も個人的な場所だからこそ、社会の価値観が露出しています。

グレイソン・ペリー|陶器の中に社会を詰め込む

そして自分の制作という視点から、今回かなり気になったのがグレイソン・ペリーの《私の神々》です。

1994年制作の陶器作品です。大きな壺の表面には、人間の顔、人物、模様、文字、異なる文化や時代を思わせるイメージが混在しています。

しかしペリーの作品を見ると、「器そのものを何について語るメディアとして使うのか」という別の問いが現れます。

伝統的な陶器の形を使いながら、そこへ現代社会、個人的記憶、ジェンダー、大衆文化といった異質なものを持ち込まれています。器は、一つの支持体にもなり得ます。

自分自身、日用品やパッケージなど身近なものを陶器に置き換える制作をしています。もちろんペリーとは方法もテーマも違います。それでも、

「陶芸を使って、陶芸以外のものについて語ることができる」

という点は、自分の制作について考えるうえでかなり重要でした。

「なんでもないもの」は、本当に何でもないのか

そして第6章のテーマが、「なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの」です。

1990年代のアーティストたちは、高価な素材だけではなく、安価で手に入りやすい日用品や既製品を作品へ持ち込みました。日常生活の中では、わざわざ意味を考えないものばかりです。

だからこそ、展示空間へ移された瞬間に違和感が生まれています。

「なぜこれがここにあるのか」。

その疑問が、物を見る目を変えていきます。

ダミアン・ハースト|煙草、灰皿、ライター

今回撮った写真の中にも、灰皿いっぱいの吸い殻、煙草の箱、ライター、煙草が置かれた展示があります。

ダミアン・ハーストの《後天的な回避不能》。

1991年の作品です。入り口入ってすぐの展示でしたがが、特別な美術材料ではなかったため一度素通りしてしまいました。

構成物は煙草、灰皿、ライター、机と椅子という日常的な物です。

しかし、それをガラスケースのような閉じた空間に置くことで、突然そこに別の意味が生まれています。煙草は嗜好品であると同時に、依存、健康、死、時間の経過を連想させるものでもあります。

吸い終わった煙草の山を見れば、そこに「不在の人間」まで想像することができる。配置や文脈が変わったことによって、普段見過ごしている物をもう一度考えさせる作品です。

この感覚は、自分の制作にもかなり近いものがあります。(*この作品に関連したものを作ろうと思い、先日、浅草にある「たばこと塩の博物館」にリサーチに行ってきました。)

コーネリア・パーカー|物置小屋を爆破する

ハースト的な考え方をさらに極端な方法で示すのが、コーネリア・パーカーの《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》。

1991年の作品です。素材になったのは、庭に置かれているような普通の物置小屋。パーカーはそれを英国陸軍に依頼して爆破し、破片を回収しました。

さまざまな破片を空中へ吊り下げ、中央から光を当てることによって、爆発した一瞬が時間を止められたような空間が現れます。

映画と美術を横に並べると、90年代英国が立体的になる

同じ物を見ていても、**見方を変えれば、意味が変わる。**そして、意味が変われば作品になり得る。これは現代美術だけの話ではないと思います。

90年代英国では、それまで別々に存在していると思われていた美術、映画、音楽、ファッション、雑誌、クラブ、都市生活が互いにつながりながら、新しい文化をつくっていました。

トレインスポッティング』を見てからハーストを見る。『ブラス!』や『フル・モンティ』を見てから、廃倉庫で始まった「Freeze」を考える。『秘密と嘘』を見てから、家や家庭用品を使った作品を見る。『24アワー・パーティー・ピープル』を見てから、『The Face』『Dazed』『frieze』が並ぶ壁を見る。

すべてが同じ時代の中でつながっています。1990年代の英国が面白いのは、そのつながりが非常にはっきり見えることです。

YBAを見た後に残ったのは、

「何を作るか」より先に、「世界をどう見るか」がある。

という感覚でした。

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