松本は、時代の違う文化を歩いて横断できる街
地元長野の松本には国宝・松本城があり、その周囲には蔵造りの商家が残っています。少し歩けば松本民芸家具があり、老舗の漆器店や工芸店があり、さらに進めば、世界的な前衛芸術家・草間彌生の巨大な水玉と植物が建物から飛び出す松本市美術館があります。
戦国時代の城から、明治の民藝。そして現代美術。
長野県出身の自分にとっても、改めて松本という街を見直す一日になりました。
松本城は「完成した建築」ではない



まず向かったのは松本城。現在の松本城は、大天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓という五棟から構成されています。
大天守・乾小天守・渡櫓は戦国時代末期、文禄2〜3年(1593〜94)頃に石川数正・康長父子によって築かれたというのが現在の松本市の公式見解。
現存12天守のうち、五重六階の天守としては日本最古とされる。
黒い下見板張りと白漆喰。遠くから眺めると、松本城は非常に完成度の高い一つの造形物に見えます。しかし中へ入ると、太い柱や巨大な梁が複雑に組まれています。
大天守四階へ上がる階段は最大約61度。現代の建築物とは身体感覚がまったく違います。
戦う城に、月を見る部屋が付け加えられた



さらに興味深いのが、松本城が一つの時代だけで完成していないことだ。大天守などが戦国時代末期につくられたのに対し、辰巳附櫓と月見櫓は江戸時代初期に増築されたと考えられています。
つまり、同じ城の中に異なる時代の価値観が共存しています。戦うためにつくられた天守と月を眺めるための月見櫓。「敵を見る建築」から「月を見る建築」へ。
建築の用途そのものが、時代の変化を語っているかもしれません。
映画『岳 -ガク-』が映した、もうひとつの松本
松本城から視線を少し上げると、この街を形づくっているもう一つの巨大な存在に気づきます。北アルプスです。松本は城下町であると同時に、山の街でもあります。
その関係を映画として見ることができるのが、2011年公開の『岳 -ガク-』です。
石塚真一の漫画『岳 みんなの山』を原作に、小栗旬演じる山岳救助ボランティア・島崎三歩と、長澤まさみ演じる新人救助隊員・椎名久美を中心に、北アルプスで起きる遭難と救助、そして山を訪れる人々の生と死を描いています。
西穂高岳、奥穂高岳、涸沢、本谷橋、上高地の河童橋といった山岳地帯だけでなく、松本市役所の屋上や市街地でも撮影が行われました。原作の舞台でもある松本では、縄手通りで三歩役の小栗旬が撮影を行っています。
『岳 -ガク-』は、松本市が市内で撮影された作品などを認定する「松本シネマ」の第1号となっています。
松本という街を理解するうえで、『岳』はかなり面白い一本だと思います。城下町であり、商都であり、工芸の街であり、そして北アルプスへ開かれた山岳都市でもあることが見えてくる。
城を出ても、松本の歴史は終わらない



松本城を見た後は、中町通りへ入ると、黒と白のなまこ壁を持つ土蔵があります。ここは江戸時代から善光寺街道沿いの商家町として栄えた場所。
松本では江戸末期から明治期に大火があり、火災から商品や財産を守るために、漆喰を使った土蔵造りが発達しました。川越の小江戸も同じですね。現在もその町並みが残されています。
巨大な梁を残した「蔵シック館」と「民藝」



中町には、かつて造り酒屋だった建物を移築・再生した「中町・蔵シック館」があります。中へ入ると、ここでも巨大な梁目に飛び込んできます。
蔵シック館は明治から大正時代に建てられた造り酒屋の母屋などを移築した施設で、現在は無料で内部を見ることができます。
松本の街を歩いていると、「民芸」という言葉を何度も目にします。
松本民芸家具。漆器。木工。陶磁器。工芸店。
松本民芸家具の成立も、むしろ時代への適応から始まっています。戦後、生活様式が変化し、従来の和家具だけでは需要に対応できなくなっていたところに、池田三四郎らは、柳宗悦の民藝思想から影響を受けながら、松本に蓄積されていた木工技術を新しい生活へ接続しようとしました。
職人たちはテーブルや椅子などの洋家具を学び、ウィンザーチェアなど海外の家具も研究しながら、松本独自の家具へ発展させていきます。
松本民芸家具は、和家具の木工技術を使いながら、椅子やテーブルという新しい生活様式へ適応させています。
鯛萬——料理店まで「松本の工芸」でできている


その民藝文化を別の形で体験できるのが、松本城近くにあるフランス料理店「鯛萬」。
1950年創業。
蔦に覆われた洋館は、松本の城下町を歩いてきた目には突然ヨーロッパが現れたようにも見えますが、家具や調度品には松本民芸家具が使われています。
フランス料理にアルザス風の洋館、そして松本民芸家具。
ここでも「和か洋か」という異なる文化を取り込みながら、その土地の職人技術によって新しい空間へデザインされています。
草間彌生



城と蔵と民藝を見て歩いた後、松本市美術館へ向かう。
建物を覆う水玉。巨大な植物。強烈な色彩。
草間彌生《幻の華》は、高さ10メートルを超える作品で、2002年の松本市美術館開館に合わせて制作されました。
草間彌生は1929年に松本で生まれ、松本と東京で個展を開いた後、1957年に渡米。ニューヨークを中心に活動し、水玉、網目、ソフトスカルプチャー、パフォーマンス、映像、インスタレーションなどへ表現を広げました。
黒と白で構成された松本城と色彩と水玉が増殖する草間彌生。視覚的には、これ以上ないほど対照的です。しかし一日歩いた後で考えてみると、共通点があるように見えてきます。
松本城は一度建てられから、修理され、人に守られ、異なる時代の建築が加えられながら現在まで残っています。中町の蔵も同じ。商家としてつくられた建物が、店やギャラリーや公共施設として使われ続けています。松本民芸家具も、伝統技術をそのまま保存したわけではなく、生活様式の変化に合わせて洋家具を取り込み、新しい民藝を生み出しました。草間彌生もまた、松本で生まれた個人の感覚を、ニューヨークへ持ち出し、世界に通用する独自の表現へ。
共通するのは、
受け継いだものを固定しないこと。
なのかもしれません。
松本のお土産なら、ピジェントリーは外せない


松本市の老舗菓子店「開運堂」が冬季中心に販売する人気のチョコレート菓子である「ピジュトリー」(フランス語で宝石箱の意味)はおすすめのお土産です。
ピジュトリーは、ローストしたマカダミアナッツをビターチョコレートなどでコーティングし、ゲランドの塩などをアクセントに加えたお菓子。
染色家・民藝運動家の柚木沙弥郎さんがデザインしたおしゃれなパッケージや容器も人気を集めています。
松本市の開運堂オンラインショップなどで購入できるほか、都内では新宿伊勢丹をはじめ百貨店でポップアップをたまにしています。

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