犬山城を眺めながら泊まる



茶の湯の集まりで犬山を訪れ、国宝茶室「如庵」のある有楽苑に入り、その日は隣接するホテルインディゴ犬山有楽苑に宿泊しました。
そして翌朝、向かったのが犬山城。犬山には、国宝茶室「如庵」と国宝「犬山城」という二つの国宝が、近い距離に存在しています。
二畳半台目ほどの極めて小さな空間から、木曽川を見下ろす天守へ。
ホテルインディゴ犬山有楽苑は、日本庭園「有楽苑」に隣接するホテル。窓の向こうには木曽川と犬山城があります。
ホテルそのものも、歴史的観光地の隣に建てられた現代的な宿泊施設ではなく、館内には犬山の歴史や文化を読み替えた意匠が各所に組み込まれています。
ホテルインディゴというブランド自体が、その土地の「ネイバーフッド」をホテルのデザインへ取り込むことを特徴としているが、犬山では国宝茶室「如庵」、犬山祭、木曽川、城下町などがその題材になっています。
客室にも犬山城や街の記憶を思わせるグラフィックや色彩が使われ、伝統的な意匠をそのまま再現するのではなく、現代のホテル空間へ翻訳しています。
1537年、戦国時代に築かれた犬山城



ホテルのフロント前の大きな窓越しに犬山城の天守閣が見えます。犬山城は1537年、織田信長の叔父にあたる織田信康が、木ノ下城を現在地へ移して築いたと伝えられています。
戦国時代には城主が何度も入れ替わり、1584年の小牧・長久手の戦いでは、豊臣秀吉軍が犬山城を占領。秀吉自身も入城しています。1600年の関ヶ原の戦いを前にしても、犬山城は重要な軍事拠点となっています。
現在残る天守は、全国に12しかない「現存天守」の一つでもあり、1952年には国宝に指定されています。
建物に残る「つくった痕跡」



犬山城の内部へ入ると、太い柱や梁に使われた木材には歪みがあり、そして材木の表面には、加工した痕跡が残っています。公式解説では、柱などに古い道具で木材を削った痕跡が確認できるといいます。
最上階には外廻縁があり、城の周囲を歩くことができます。ここまで上がると、犬山城の最大の特徴が一気に理解できます。
城のすぐ北側を巨大な木曽川が流れています。
天守から見ると、木曽川が単なる美しい景色ではなく、天然の防御線であり、交通路でもあったことが感覚的に理解できます。
現在なら、ホテルの窓から眺める穏やかな風景ですが、戦国時代の城として考えれば、この巨大な川の存在はまったく別の意味を持っていたはずです。1584年、池田恒興は木曽川を渡って犬山城へ侵入し、城を奪取しています。
如庵から犬山城へ



今回の犬山滞在では、前日に国宝茶室「如庵」へ入り、翌日に国宝犬山城へ登りました。如庵を残した織田有楽斎は、織田信長の弟。犬山城を築いたと伝えられる織田信康は、信長の叔父にあたります。
つまり犬山では、城と茶室というまったく異なる建築を通して、織田家をめぐる歴史にも接続していきます戦うための建築である城。人と向き合うための極小空間である茶室。さらに現在では、その二つの国宝の間にホテルインディゴ犬山有楽苑という現代建築があります。
犬山には、戦国時代から現代までの時間が、比較的狭い範囲に重なっています。




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