——奴隷制度と18〜19世紀アメリカ服飾史
The Rootsのライブへ行く日、「Roots」という名前を眺めながら久しぶりに思い出した作品があります。
1977年にアメリカで放送されたテレビドラマ『ルーツ(ROOTS)』です。
西アフリカで生まれたクンタ・キンテが奴隷商人に捕らえられ、アメリカへ強制的に連れて行かれる。そこから娘キジー、孫ジョージ、その先の世代へと家族の記憶が語り継がれていく。
一つの黒人一家を通して、およそ200年にわたるアメリカの歴史を描いた作品。奴隷制度を描いたドラマであると同時に、「服」だけを追っていっても非常に見応えがあります。
服を奪われ、服を支給される。服によって役割を区別される。それでも服に自分の文化や美意識を差し込む。そして最後には、自分が何を着るかを自分で決める。
衣服の変化を追うだけでも、奴隷制から自由へ向かう歴史が見えてきます。
1977年の『ルーツ』は、なぜそれほど重要だったのか
『ルーツ』は、アレックス・ヘイリーが1976年に発表した『Roots: The Saga of an American Family』を原作として制作されました。
1977年1月23日から30日までABCで8夜連続放送され、全米で推計約1億3000万人が視聴。アメリカのテレビ保有世帯の約85%が番組の少なくとも一部を見たとされています最終回だけでも1億人以上が視聴したそうです。
さらにエミー賞では当時記録となる37部門にノミネートされ、9部門を受賞。一つのテレビドラマを超えた社会現象となりました。
放送後には、自分自身の祖先や家系を調べようとする人が増え、「自分はどこから来たのか」というルーツへの関心そのものが大衆文化へ広がっていきます。
ただ、ヘイリーが提示したクンタ・キンテから自身へ続く系譜については、その後の歴史家・系譜研究者から史実性に疑問が呈されています。ヘイリー自身も『ルーツ』について、事実とフィクションを組み合わせた「faction」という表現を用いていました。
第一段階——衣服を奪われ、身体そのものを管理される
奴隷制度における服飾史を考えるとき、最初に考えたいのは「何を着ていたのか」ではなく、「何を着る権利を持っていたのか」です。
奴隷化された人々は、自分の意思とは関係なく身体を拘束されました。スミソニアン博物館には、1800〜1850年頃の鉄製の首輪が現在も所蔵されています。
逃亡を防ぎ、奴隷化された人間を管理するために使用された拘束具によって、ここでは身体そのものが所有・管理の対象となます。服を選ぶ以前に、自分の身体を自分の意思で動かす自由さえ奪われている状態です。
『ルーツ』では、クンタ・キンテがアメリカへ連れて行かれ、「トビー」という別の名前を与えられます。名前を変えることと、衣服を変えること。どちらも、その人間がそれまで所属していた文化やアイデンティティから切り離す行為として見ることができるます。

第二段階——支給される服が「誰なのか」を決める
アメリカの農園へ送られた後、奴隷化された人々には衣服が支給されました。奴隷化された労働者へどのような衣服を与えていたのか詳細な記録が残っており、
男性には、ウールのジャケット、ブリーチズ、リネンシャツ2枚、ストッキング、靴など。
女性には、ウールのジャケット、スカート、リネンのシフト2枚、ストッキング、靴などが年間の基本的な支給品とされていたとされています。
男性のシャツや女性のシフトには安価で丈夫な生地である「オスナバーグ」と呼ばれる粗い未漂白のリネンがよく使われました。
衣服は、
「その人が何を着たいか」
ではなく、
「働かせるために最低限何を与える必要があるか」
という農園経営のコストとして扱われていました。
また、仕事によって支給される衣服の質が異なっていました。
畑で働くフィールドワーカーには粗く丈夫な服。一方、主人の邸宅で働く使用人には、より質の高い衣服が与えられる場合がありました。
邸宅で働く男性使用人に「リヴァリー」と呼ばれるお仕着せが与えられました。コート、ウェストコート、ブリーチズからなる、当時の紳士服に近い三つ揃いです。
なぜ使用人に良い服を着せるのか。それは客の目に触れるからです。使用人の外見は、主人自身の富や格式を示すものでもあったためです。
衣服は防寒や作業のためだけではなく、
「誰がどこで、どのような人間として扱われるのか」
農園社会のヒエラルキーを視覚化する役割も担っていました。

第三段階——奴隷制度は近代ファッション産業ともつながっていた
19世紀へ入ると、奴隷制度と衣服の関係は農園の内部だけでは収まらなくります。ここから近代的な繊維・既製服産業へと話がつながります。
アメリカ南部では奴隷労働によって大量の綿花が生産され、その綿花は繊維産業の原料になります。一方、北部では織物産業や衣料産業が発達し、既製服の生産が拡大していきました。
スミソニアン博物館によれば、1810年代以降、南部の奴隷向けに安価な既製服を生産する市場が拡大し、1860年には、ニューヨークで生産された既製服のおよそ3分の2が南部へ送られていたそうです。
奴隷制度というと、
「南部の綿花農園」
としてのイメージが強いかもしれません。
しかし実際には、奴隷労働による綿花生産から、紡績、織物、縫製、既製服、流通までが一つの経済システムとしてつながっていました。
現在の服を考えるときにも、「完成した服」だけを見るのではなく、誰が原料を作り、誰が縫い、どこを移動して、誰が利益を得たのか。サプライチェーンまで考えると面白いです。

第四段階——支給された服の中に、自分自身を取り戻す
衣服は完全に「支配する側の道具」に見えますが、奴隷化された人々も、限られた条件の中で衣服や装身具を購入したり、交換したり、装飾を加えたりしていました。
「何を着るか」
という大きな自由は奪われていても、
「どう着るか」
という領域まですべてを奪うことはできませんでした。与えられた衣服の中へ、自分自身の美意識や文化、記憶が入り込みます。

第五段階——自分の身体に何を着せるかを自分で決める
1865年、南北戦争の終結と合衆国憲法修正第13条によって、アメリカの奴隷制度は原則として廃止されました。それによって人種差別や経済的格差が消えたわけではありませんが、服飾史として見ると、大きな変化が起きます。
それまで主人から「支給」されていた衣服を、自分で選び、購入し、着る。その行為自体が、それまでとは違う意味を持ち始めます。
スミソニアン博物館には、かつて奴隷化されていた女性が1870〜1890年頃に着用したと考えられているドレスが残されています。
茶色と花柄の布を使った、一着の手縫いのドレスは、彼女の死後も子孫へ受け継がれていきます。

1977年版『ルーツ』は現在どこで観られるのか
ここまで『ルーツ』について書いてきましたが、一つの問題があります。それは現在、非常に視聴しづらい、ということです。
自分が観たときも、動画配信サービスではなく資料室に所蔵されていたDVDでした。
2026年9月時点の国内配信情報を確認すると、主要な動画配信サービスでの見放題配信は確認できず、TSUTAYA DISCASによるDVD宅配レンタルが現実的な選択肢として掲載されています。
ただDVDやBlu-rayのBOXも発売されているため、中古を含め物理メディアを探す方法はあります。

1977年に全米を巻き込む社会現象になった名作が、約50年後にはクリック一つで簡単に観ることができない状態です。
配信サービスにあるから永久に残るわけでもなく、DVDやBlu-ray、書籍、雑誌、写真などの物理メディアを所有し保存することにも、文化を次の世代へ渡す役割があるのかもしれません。


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