東京にも、今なおオオカミを神として祀る山


東京都青梅市の御岳山。その山頂に鎮座する武蔵御嶽神社では、ニホンオオカミを神格化した「大口真神」が、「おいぬ様」と呼ばれ信仰されてきました。
なぜ、犬ではなく狼だったのでしょうか。そして、電車もケーブルカーもなかった時代、人々はなぜ遠く離れた山へ、わざわざ何日もかけて参拝したのでしょうか。
その疑問を、一枚の古い護符から追いかけていくのが、小倉美惠子さんの『オオカミの護符』です。
ここ数年毎年お参りしている武蔵御嶽神社が本書によって見方が変わりました。
今回は参拝だけでは終わらず、そのまま大岳山へ登り、さらに鋸山まで縦走し、奥多摩駅から都内へ戻ってきました。
『オオカミの護符』を手がかりに、東京の山中に今も残る狼信仰と、「講」「御師」という人々のつながり、そして実際に御岳山から大岳山・鋸山を歩いて感じたことについて考えてみます。
一枚の「オオカミの護符」から始まる

川崎の古い土蔵に残された一枚の「オイヌさま」の護符から、
御岳山をはじめ関東甲信の山岳信仰を辿っていく。

『オオカミの護符』の物語は、著者・小倉美惠子さんの実家に残されていた一枚の護符から始まります。
場所は神奈川県川崎市宮前区土橋。現在は住宅が並ぶ都市部ですが、三世代ほど前までは農業を営む人々が暮らしていた土地でした。
小倉家の古い土蔵には、黒い獣が描かれた御札(本書表紙)が貼られていました。
家では昔から「オイヌさま」と呼ばれていたものの、その正体はよく分からない。なぜ川崎の農家に、狼のような獣を描いた御札があるのか。
その謎を辿っていくと、遠く離れた東京・御岳山と、かつて各地に存在した「講」という共同体へとつながっていきます。
一枚の古びた御札の背後に、山と農村とを結ぶ巨大な信仰のネットワークが隠れていたのです。
山と里をつないだ「講」

現在はケーブルカーで山上へ向かえるが、
かつて講の人々は遠くの村から自らの足で御岳山を目指した。

『オオカミの護符』を読んで、特に興味を持ったのが「講」という仕組みでした。
現代なら、御岳山へ行こうと思えば、一人で電車に乗り、バスやケーブルカーを利用して、その日のうちに武蔵御嶽神社まで行くことができます。
昔はもちろん、そうではありません。
同じ神仏を信仰する地域の人々が集まり「講」をつくり、その中から代表者を選ぶ。代表者は皆から託された金銭や祈りを携えて、遠く離れた山へ向かいます。
海抜の低い平野部に暮らす人々が、現在のような交通機関も登山装備もない時代に、自分たちの足で山を目指しました。
そこには、現在の「パワースポット巡り」という言葉だけでは説明しきれない、自然に対する強い畏れと祈りがあったのだと思います。
農業を営んでいれば、雨が降るか、台風が来るか、作物が無事に育つかを、人間だけで完全にコントロールすることはできません。
自然から恵みを受けながら、同時に自然を恐れる。
五穀豊穣や村の安全を祈る山岳信仰は、そうした生活の中から生まれてきました。
御師——山と人を結んだ存在

代々武蔵御嶽神社の御師を務めてきた馬場家の住宅で、
講の人々を迎えた御師文化を現在に伝えている。

講とともに重要なのが「御師」です。
御師は、各地から山へやってくる信仰者を迎え、参拝を案内し、祈祷や宿泊などの世話をしてきた人々です。
御岳山を歩いたとき、私は一軒の大きな茅葺き屋根の建物を写真に撮っていました。
「東馬場」と呼ばれる、馬場家の御師住宅です。
訪れたときには「すごい茅葺きの建物が残っているな」という程度の認識でした。
しかし『オオカミの護符』を読み直してから写真を見ると、その意味がまったく変わってきます。
これは単なる古民家ではなく、遠くの村から御岳山を目指してきた講の人々を受け入れ、山への参詣を支えてきた「御師」という文化を現在に伝える建物でした。
本書に出てくる「講」や「御師」という言葉が、突然、目の前の建築物として立ち上がってきます。
旅先で何気なく撮った一枚の写真が、本を読むことで後から意味を持ちはじめます。
これも、歴史や民俗を知ってから土地を歩く面白さだと思います。
なぜ狼は「おいぬ様」になったのか

御岳山は古くから山岳信仰の霊場として、多くの講や参詣者を集めてきた。

では、なぜ御岳山では狼が神になったのでしょうか。
武蔵御嶽神社では、大口真神(おおくちまがみ)が「おいぬ様」と呼ばれて信仰されています。
伝承では、日本武尊が東征の途中で山中に迷った際、白い狼が現れて道を導いたとされます。
狼はその後、御岳山を守る存在になったと伝えられています。
しかし狼信仰を考えるうえで興味深いのは、狼が単なる神話上の動物ではなかったことです。
かつて日本の山には、実際にニホンオオカミが生息していました。
狼は人間にとって恐ろしい野生動物である一方、農作物を荒らす鹿や猪を捕食する存在でもあります。
農村の側から見れば、山からやってくる害獣を抑えてくれる存在でもあったわけです。
恐ろしい。しかし、守ってもくれる。人間には支配できない力を持っている。
だからこそ、その力を排除するだけではなく、神として祀り、味方になってもらおうとした。
そこには、自然を完全に征服しようとするのではなく、畏れながら共存してきた人々の自然観が見えてきます。
武蔵御嶽神社から大岳山へ


武蔵御嶽神社を参拝した後、さらに山中を歩き、晴れた山頂から富士山を望んだ
武蔵御嶽神社への参拝を終えたあと、そのまま山を下りることもできます。
いつもなら日の出山に登り、下山してつるつる温泉に入ってから都内に戻ります。しかし、今回はさらに「大岳山」へ。
観光客や参拝者の多い御岳山周辺から離れていくにつれて、舗装された参道は次第に山道へと変わっていきます。
木々の間を歩き、鳥居をくぐり、標高を上げていきます。
そして鋸山を越えて大岳山へ。山頂は標高1266メートル。
登った日は天候にも恵まれ、山頂から遠く富士山を見ることができました。
ここまで歩いてくると、「山岳信仰」という言葉が、単なる歴史用語ではなくなってきます。
現代の登山靴を履き、整備された登山道を歩いていても、汗が噴き出て疲労が溜まっていきます。
まして、昔の人々は平地にある村から長い距離を歩いて、この山域までやってきました。
そこでは「山頂の神社で祈ること」だけではなく、山へ向かって歩き続ける行為そのものが、すでに祈りの一部だったのではないかと思います。
「一人でやれば苦役でも、皆でやれば笑いも起きる」

大岳山・鋸山方面から下山した後に立ち寄れる温泉施設。

本書の中で、特に印象に残った言葉があります。
「一人でやれば苦役でも、皆でやれば笑いも起きる」
講という仕組みについて考えると、この言葉の意味がよく分かります。
一緒に働く仲間から代表者を決めて、祈りを胸に山に登ります。そして、無事に戻ってきた者から皆で山の話を聞く。そこへ御師も村へやってくる。
現在、「信仰」という言葉から私たちが想像するものは、個人と神との関係に偏っているのかもしれません。
しかし『オオカミの護符』に描かれる信仰には、自然と人だけではなく、人と人との結びつきがあります。
本書を読んでいると、山岳信仰とは「山を信じること」だけではなく、人間が自然の中で生き延びるためにつくり上げてきた社会の仕組みでもあったことが見えてきます。
この登山もヴィンテージ仲間と一緒に登ってきました。辛い時はみんなで笑いながら、声を掛け合ってお互いを気遣いながら楽しく登りました。
下山後は奥多摩駅へ向かう途中にある「もえぎの湯」に入って、澤乃井とお蕎麦をいただき、充実した登山になりました。
御岳山から、三峯・大山へ——関東に広がる山岳信仰



『オオカミの護符』を読みながら興味深く感じるのは、御岳山だけを見ていても、この信仰の全体像は見えてこないことです。
本書では御岳山からさらに視線を広げ、大山や三峯をはじめ、関東甲信の山々へと話が展開していきます。
実際に私自身も、三峯神社、大山阿夫利神社のいずれも訪れています。
この三つの山を並べてみると、それぞれ違う個性を持ちながら、共通する文化が見えてきます。
今回は第1回目として、3回のシリーズ記事として書いていきます。
第1回|武蔵御嶽神社と御岳山・大岳山・鋸山
『オオカミの護符』——狼を祀る武蔵御嶽神社へ
第2回|三峯神社と妙法ヶ岳
三峯のオオカミ——御眷属信仰を訪ねる
第3回|大山阿夫利神社と大山
大山講と大山詣り——江戸の人々はなぜ山を目指したのか
都内から武蔵御嶽神社へのアクセス
最後に、これから実際に訪れてみたい人のために、公共交通機関を使った基本的なアクセスをまとめておきます。
※以下は2026年9月時点の情報です。鉄道、バス、ケーブルカーの時刻や運行状況は変更されることがあるため、訪問前に各交通機関の最新情報をご確認ください。
武蔵御嶽神社・御岳山|東京都青梅市
新宿駅
↓
JR中央線・青梅線
↓
青梅駅
↓ 約20分
JR青梅線 奥多摩行
↓
御嶽駅
↓ 約10分
「ケーブル下」行きバス
↓
ケーブル下
↓ 徒歩約3分
御岳登山鉄道 滝本駅
↓ ケーブルカー約6分
御岳山駅
↓ 徒歩約25〜30分
武蔵御嶽神社
新宿から青梅まではおよそ1時間が目安です。
武蔵御嶽神社への参拝だけならケーブルカーを利用できますが、そこからロックガーデン、大岳山、鋸山方面へ進む場合は本格的な登山になります。
今回の登山では、
御岳山 → 武蔵御嶽神社 → 大岳山 → 鋸山 → 奥多摩方面
という行程となります。




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