——シュワルツェネッガーが「身体」をデザインした方法
アーノルド・シュワルツネッガーと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
映画『ターミネーター』の黒いレザージャケットとサングラス。
映画『コマンドー』で武器を抱える巨大な肉体。
あるいは、世界最高峰のボディビルダーからハリウッドスターとなり、ついには政治家にまでなった異色の経歴かもしれない。
僕も映画を何度も観てきたが、『王者の筋トレ』を読んでから改めて考えると、シュワルツェネッガーという俳優の見え方が少し変わった。
彼の肉体は、単に「ものすごく鍛えた身体」ではない。
観察し、負荷を与え、反応を確認し、修正しながら意図的にデザインされた身体だった。
そして、その身体づくりの考え方は、筋トレだけの話でもない。
仕事でも、勉強でも、ものづくりでも使える。
今回は『王者の筋トレ』から、僕が特に面白いと思ったポイントを取り上げながら、
「人は自分自身をどう改善していけばいいのか」
そして、
「なぜシュワルツェネッガーの肉体は80年代映画であれほど強烈な表現になったのか」
を考えてみたい。
1.筋トレの基本は「頑張ること」ではなく、適応を設計すること

僕自身、NSCA-CPTというパーソナルトレーナー資格を持っている。
そのため『王者の筋トレ』を読んでいて最初に面白かったのは、精神論よりも、身体をかなりシステマティックに捉えていることだった。
その代表が「漸進性過負荷」である。
簡単に言えば、人間の身体は与えられた刺激に適応する。
たとえば、ある重量でトレーニングを始める。
最初はきつい。
しかし続けていくと身体がその負荷に適応し、以前より扱いやすくなる。
そこで、さらに新しい刺激を与える。
重量だけでなく、回数やセット数、運動の難度など、方法はいろいろあるが、基本的な構造は、
負荷 → 適応 → 新しい負荷 → さらなる適応
である。
重要なのは「毎回限界まで頑張ればいい」という話ではないことだ。
身体はトレーニング中に完成するわけではない。
負荷を受けたあと、栄養を摂り、休息し、回復する。
有酸素運動を過剰に行ったり、回復能力を超えてトレーニングを続けたりすれば、逆にパフォーマンスを落とすこともある。
だから、
負荷を増やすことと同じくらい、回復を設計することが重要になる。
これは筋トレを始める人にも覚えておいてほしいポイントだと思う。
「もっと頑張る」だけではなく、
今の刺激に身体がどう反応しているのかを見る。
それがトレーニングの基本になる。
2.上達すると「正しい方法」より「自分の反応」が重要になる
もう一つ、本書で印象に残ったのがマインドについての記述だった。
初心者には基本が必要だ。
フォームを覚える。
トレーニングの原則を知る。
食事や休息について学ぶ。
しかし、経験を積んでいくと、それだけでは足りなくなってくる。
人によって身体は違うからだ。
ある人に非常によく効くトレーニングが、別の人にも同じように有効とは限らない。
そこで必要になるのが、自分自身を観察する能力である。
基本を学ぶ。
実践する。
反応を見る。
差を見つける。
修正する。
もう一度試す。
僕はここを読んでいて、「これは筋トレ以外でも同じだな」と思った。
絵でも、文章でも、仕事でもいい。
最初から完全な自己流でやるより、まず優れた型を学ぶ。
実際にやってみる。
結果を見る。
そして、自分に合わない部分を修正する。
上達とは、正解を一度発見することではなく、
この修正ループをどれだけ回せるか
なのかもしれない。
3.「時間がない」は、本当に時間の問題なのか

『王者の筋トレ』には、トレーニング時間についての話も出てくる。
伝説的なボディビルダー、セルジオ・オリバは仕事で徹夜したあとにもトレーニングへ向かったという。
シュワルツネッガー自身も、オーストリア陸軍時代、演習中にも時間を作ってトレーニングしていた。
そこで出てくる問いはシンプル。
「本当に時間がないのか?」
もちろん、これは「睡眠時間を削ってでも働け」という意味に受け取るべきではない。
人によって仕事も家庭環境も体力も違う。
それでも、この問いには使える部分がある。
僕たちは「やりたい」と言っていることに、本当に時間を割り当てているだろうか。
運動したい。
本を読みたい。
英語を勉強したい。
作品を作りたい。
そう思いながら、一週間の予定表を見ると、そのための時間が一時間も入っていない。
だとすれば問題は、時間の絶対量だけではなく、
優先順位がスケジュールに反映されていないこと
かもしれない。
これは僕自身も気をつけたい。
4.ボディビルは「筋肉を大きくする競技」だけではない
本の後半になると、さらに面白くなる。
身体をただ巨大化させるのではなく、各部位の形、比率、バランス、セパレーションなどが細かく語られるからだ。
腕だけ巨大なら完成ではない。
肩から上腕へどうつながるのか。
胸と背中とのバランスはどうか。
脚を含めて全身を見たとき、どんなシルエットになるのか。
セルジオ・オリバの身体についても、単に「腕が太い」で終わらない。
三角筋、上腕、前腕、それぞれの形と関係性を見る。
ここまで来ると、僕にはボディビルが身体を素材にした造形に見えてくる。
彫刻家が素材を見ながら形を作っていくように、
「ここが足りない」
「ここを大きくしたい」
「ここを絞った方が全体が美しく見える」
と自分自身の身体を編集していく。
ちなみに本書には外胚葉型、中胚葉型、内胚葉型という体型分類も登場する。
僕自身は分類上かなり外胚葉型に近い。
脂肪がつきにくく、痩せ型で、手足や首が細い。
「ああ、やっぱりそうだよな……」と思いながら読んでいた。
ただし、この古典的なソマトタイプ分類は、現在では人間の体質を科学的に三種類へ固定できる理論として扱うのは妥当ではない。
それでも、当時のボディビル文化が身体の個体差をどう捉え、どうトレーニングへ反映しようとしていたのかを知る資料として読むと面白い
5.映画『パンピング・アイアン』が身体を大衆文化にした
1970年代、現在ほどボディビルは一般社会に浸透していなかった。
その状況を変えるうえで重要だった作品の一つが映画『パンピング・アイアン』である。
ボディビルダーたちの肉体だけではなく、大会へ向かう心理戦や人物像まで映像として見せたことで、ボディビルの世界を一般の観客が「見る文化」にしていった。
『王者の筋トレ』でも、この時代を境にボディビルが大きく認知され、大会の開催場所も変化していったことが語られている。
ここで重要なのは、
鍛えられた身体が、競技場の中だけに存在するものではなくなったこと。
身体そのものがメディアに載り、大衆文化へ入っていく。
その象徴的存在がシュワルツネッガーだった。
6.そして、その身体が映画『ターミネーター』になる

シュワルツェネッガー演じるT-800は、人間ではなく、人間の外見をまとった機械である。
だから、登場した瞬間から観客に、
「こいつは普通ではない」
と思わせる必要がある。
そこでシュワルツェネッガーの身体が機能する。
巨大な肩。太い首。異常に発達した胸や腕。
彼が何年もかけて作った肉体そのものが、T-800の非人間性を視覚的に説明してしまう。
特殊メイクや衣装だけではない。俳優自身の身体が特殊効果の一部になっている。
これは『コマンドー』になると、別の意味を持つ。
今度は機械ではなく、元特殊部隊員ジョン・メイトリックス。
普通の人間なら到底できないようなことを次々とやってのける。
冷静に考えれば無茶苦茶なのだが、シュワルツネッガーの身体が画面に存在することで、
「この男なら、もしかすると……」
というやってくれそうな映画的説得力が生まれる。
1980年代アクション映画において、鍛え上げられた男性身体は単なる肉体ではなく、
強さそのものを観客に伝える視覚記号
になっていたのである。
7.映画を見るなら「身体」と「衣装」を分けて見てみる

そして服好きとしては、その身体の上に何を着せたのかも気になる。
『ターミネーター』といえば、黒いレザージャケットとサングラスの印象が強い。
第1作でT-800が着用する黒いモーターサイクルジャケットにはBates製のものが使われている。
一方、序盤ではM-65フィールドジャケットをベースにした衣装も登場する。
カイル・リースに目を移せば、米軍系のレインコートなど、また違ったミリタリーウェアの系譜を見ることができる。

ここで映画を見る方法を一つ提案したい。
次に昔の映画を観るとき、
①身体
②衣装
③役柄
を別々に観察してみる。
なぜ、この俳優なのか。
なぜ、この身体なのか。
なぜ、その身体にこの服を着せたのか。
その組み合わせによって、観客はどんな人物だと認識するのか。
こうして見ると、衣装は単なる「格好いい服」ではなくなる。
身体と衣装が組み合わさって、キャラクターが設計されていることが見えてくる。
これは『ターミネーター』に限らず、映画の衣装を見るときに使える視点だと思う。
8.『王者の筋トレ』から持ち帰れる「自己改善の6ステップ」
最後に、この本から筋トレ以外にも使える部分を整理しておきたい。
僕なりにまとめると、次の6段階になる。
1.完成形を考える
どうなりたいのかを曖昧にしない。
2.現在地を観察する
理想との差を確認する。
3.適切な負荷を与える
今できることだけを反復せず、少し難しい課題へ進む。
4.回復する
努力量だけでなく、継続できる状態を作る。
5.反応を見る
やったことに対して、実際に何が変わったのか確認する。
6.修正して繰り返す
結果が違えば方法を変え、もう一度試す。
これはトレーニングの考え方だが、かなり多くの分野に転用できる。
文章を書く。
絵を描く。
仕事を覚える。
スポーツを練習する。
何かを発信する。
どれも、
観察 → 負荷 → フィードバック → 修正
を繰り返すことで変わっていく。
おわりに——自分自身も「デザインできる」
『王者の筋トレ』を読み始めたときは、当然、筋肉を作るための本だと思っていた。
もちろん、それは間違っていない。
しかし読み終わって強く残ったのは、
「自分という素材を、どう観察し、どうデザインし、どう作り変えていくか」
という考え方だった。
そして、それを知ってからシュワルツネッガーの映画を見ると、スクリーンに映る身体の意味まで変わってくる。
ボディビルダーとして作り上げた肉体。
『パンピング・アイアン』によって大衆文化へ入っていくボディビル。
その身体を映画表現へ転換した『ターミネーター』や『コマンドー』。
さらに、その身体の上に重ねられたレザージャケット、M-65、サングラス。
筋トレ、映画、ファッションは別々の話に見える。
でも、一つずつ辿っていくとつながっている。
自分を変えたいなら、ただ頑張るのではなく、自分を観察する。
適切な負荷を与える。
結果を見る。
そして修正する。
おそらく「作る」という行為の基本は、それほど変わらない。


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